FC2ブログ

プロフィール

imahujiwakami

Author:imahujiwakami
長唄三味線と古典芸能に携わって日々過ごしております。
愛犬は黒のトイ・プードル♪
阪神タイガース応援しています♪


出演情報

『今藤佐志郎 ゆかた会』
2018年8月26日ギオンコーナー

『和香海会 長唄浴衣会』
2018年 9月2日(日)大阪西天満「芝苑」

最新記事


カテゴリ


月別アーカイブ


ご訪問に感謝♪


『佐志郎 ゆかた会』にお声がけ頂きお手伝いさせて頂きました。 

 京都祇園のギオンコーナーにて9:45開演、芸舞妓さんもご出演の30番を越える大きな長唄会です。 

 毎年、この規模で長唄会をされるなんて尊敬❗️です💦 

 長唄好きのお友達の姿も客席に見えて嬉しいことでした😊 

 私にとっては超一流の賛助出演の皆様方とご一緒させて頂くという身に余る緊張MAX時間。 

 演奏はもちろんですが、その他にも勉強させて頂くこといっぱいでした😊✨ 

 やっぱり長唄の舞台はすごく奥深いです☺️

 関西でももっと長唄会が増えれば良いなぁと思います✨ 

 私よりも遥か昔から会主様とはご縁のあるお囃子マン。 

『この歳になって、まさか自分の嫁が佐志郎さんにお世話になるとはなぁ。」としみじみ。

人間、生きているとどこでどなたにお世話になるかわかりません😅

そして、私にとっては長唄さんもお囃子さんも主人の知った方ばかりで、そんな中でのお手伝いの仕事。 

こんなに緊張することはありません💦 

まだまだ未熟で至らないことだらけのお手伝いです💦 

でもご縁頂き、心の中は感謝で一杯です✨

 ありがとうございましたm(_ _)m


 さて❗️ 

 今週の日曜はうちの浴衣会😃 

今年はお揃いの浴衣を仕立てました。

 三味線の三本格子に今藤と和歌美の崩し文字。 

並んで弾くとどんな感じになるかな?

 楽しみとともに‥

がんばります💪❗️

「長唄‥」

やっぱり長唄好きや~❤️

 と、感じる一日でした。 

 「こころの四季」母に聴かせてあげたかったな。
      
会に向けて横並びでお稽古しています。



隣で弾く私のお三味線の音が聞こえる人、まだ聞こえなくて譜面に向かうことに一生懸命な人、段階は人それぞれです。 

 「間違ったら、そこで焦って止まらず、“間違った自分”は置き去りにして次に進んでね。」 

 そう言うと、意外に焦らず、落ち着いて弾ける人がいました。 

 演奏中は間違った自分に留まってしまうと、そこから後が崩れてしまいます。 

 なので、とりあえず“間違った自分”は置き去りにして、前進する。 

 いわゆる、「つきなおしが出来る」状態でないといけないので、失敗は引きずらない。

 

アイススケートや体操競技を見ていると、すごく共感する部分です。 

 芸術も体育会系も根底にあるものは同じかな。

 失敗は終わってから見直して、次への反省点としてまたお稽古する。

 芸事はそれの繰り返し‥。 

 さて‥


私は私で任務遂行に向けてブラッシュアップします。


がんばらねば。
芸は崩れる‥。

小学生の頃から憧れていた曲を師匠と共に弾かせて頂いた時の映像を見返してみました。


‥我ながらなんと素直に弾いていることか。

上手いとか下手とかではなく、師匠から受けた芸をそのまま表現しようとしている自分。

大袈裟なようですけども‥。

「芸って‥崩れるよね。」

と、呟いたら

「そうやで。」と返事が返って来た。

「せやから常に磨いてなあかんねん。」

磨く方法も様々。

ちょっと初心に戻ろう。

私の長唄武者修行。

行ったり来たり、走ったり立ち止まってみたり。

時には振り返ることも必要やな‥と、思った今日この頃なのでした。

「母と長唄」

文月は両親の命日。

思い出ついでに母と長唄のことを少し‥。(長いです)


母は長唄が大好きで、お師匠様が90歳を過ぎて解散されるまでずっとお稽古を続けていました。


母のお師匠様は明治生まれの女性で、主人の祖父(初代望月太明藏)ともよく一緒に舞台のお仕事をされていた方と聞いています。


毎年、文楽劇場小ホールにてお囃子入りで春の会(写真)、料亭で夏の浴衣会を開催されていたお師匠様。



晩年になられてもまだお弟子さんが増えているという凄い方でした💦


私の手ほどきのお師匠様はこのお師匠様。


いわゆるプロを雇って演奏するというスタイルの会ではなく、お弟子さん方で並んで演奏されるので、演奏レベルとしては決して高いものではありませんでしたが、皆さま、それぞれにタテだったりワキだったり‥お師匠さんを中心に楽しんでおられたように思います。


私は中高で部活が忙しくなり、一時、長唄のお稽古を中断しました。


大学生になり、またお稽古を始めたいと言った私の言葉に母は色々と考えたようです。


前のお師匠様のところへ行きたい、と、かなり母に迫ったのですが、何故かなかなかウンと言わない‥。


母には母の考えがあり‥


結果、現在の師匠のところにお稽古に通うことになりました。


実は私は母から長唄を教えてもらった記憶が一度もありません。


手ほどきは母のお師匠様。

そして、現在の師匠。

覚えているのは母の言葉。

「ママは鶏口牛後でいいねん。でも、あんたはそれではあかん。」

お囃子マンは「ママさんの英断やったな。」と言います。

でも、母にとってみれば苦しい決断だったと‥。

母のお師匠様は‥

いつも私のことを「こいちゃん、こいちゃん」と呼んで、可愛がって下さいました。

家に電話がかかると、私と母を間違えてしばらく喋る(笑

母じゃないことに気付くと「あらっ!あなた、こいちゃんだっか? まぁ~おかぁさんとおんなじ声して! おかぁさん、いたはる?」と、笑われる。

小学生の頃には可愛いお花のイヤリングをしてお稽古に行くと、こんな具合↓。

「あらっ!まぁ~可愛らしいのんつけて♫ どんなん? ぃやぁ~ちょっとわてにもさしてちょうだい♫」

自分がつけてみる(笑

お稽古を待っているおばさま方の方に向いて、「どう?」と、付けたイヤリングを見せるお師匠様。

ほんとに、可愛らしい方でした😊

髪をきれいに染めて、色が白くキリッとされていて、きれいなお師匠様の思い出。

現在の師匠に弟子入りした時、大胆にも「将来はお師匠さんになりたいと思います。」と、言ったのを覚えています。

今から思えば、よくぞそんな大胆なことをうちの師匠に言ったもんだと‥( ̄▽ ̄;)

多分‥私の頭の中には手ほどきの師匠がいて、「あんな長唄の師匠になりたい」という思いがあったのかもしれません。

母は私に長唄の「存在」を教えてくれました。

(家でお稽古していても、徹底して注意も何もいいませんでした。)

習いに来てくれるお弟子さん達、演奏会‥
今、母のおかげで私は長唄を楽しむことが出来ています。

そんな母へのせめてもの親孝行‥と、主人が母の生前に、師匠、母、私、娘の共演をセッティングしてくれました。


母は第一線で活躍している師匠のお三味線で唄えることをすごく喜んでいました。

母娘三代で舞台に乗らせて頂くことが出来て感謝しています。


主人のモットーは「できる時にやっとかなあかん。」。

ほんとにその通りだと思います。


今はもう母との共演は叶いません。


でも、演奏するそれぞれの曲に母との思い出があります。


「◯◯はほんまにえぇ曲やなぁ✨ △△さんが唄いはったのん聴いたけど、ほんまに良かったわぁ~✨」

「そうやなぁ✨ あそこのとこがまたエェねんなぁ❤️」

毎日電話してはそんな話をしました。

母の声が耳に残っています。

今は自分が母親になり、娘に何を残してやれるのかしら‥と、思う時があります。

大人になっても心に残るえぇもの‥

なかなか難しいです。



««前のページ  | ホーム |  前のページ»»