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『太明藏・太明十郎の会』
【開催日】 4月2日(日)11時開演br 【料 金】 4000円 br 【会 場】 大阪大槻能楽堂06-6761-8055

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「私感 三勝」

『艶容女舞衣』(絶賛 錦秋文楽公演中!)


「あですがたおんなまいぎぬ」かと思いきや、フリガナには「はですがたおんなまいぎぬ」。

お園さんのクドきが有名な演目です。

さて、この演目に登場する「三勝(さんかつ)」という女性。(写真はお園です)

どうしてもお園ちゃんが脚光を浴びすぎるので、やや影が薄いのですが、なんと、長唄の中にこの「三勝」が登場する曲があるのです。

その名も

『三勝道行』


えぇ…半七との死出の旅路を題材にした、なんとも儚く切ない曲です。

めっっったに演奏されません。

業界でもおそらく「演奏したことない」という方が多いです。

お三味線には地唄用の駒をかけて、普段の長唄とは違う深い音色を使います。

技術的な話はさておき…。

この「三勝」という名前。

色んなところで見ていると「美濃屋三勝」と表記される時と「笠屋三勝」と表記される時が…。

ちなみに文楽の表記は「美濃屋三勝」。

どんな違いなのか気になったので、ちと調べてみました。

「美濃屋」は三勝が養女に入ったお家の名前。

「笠屋」は当時、流行していた女舞の流派の名前。

私でいうなら「今藤」みたいなもの。

当時、幸若、笠屋、台頭という三大流派だったそうで、幸若流(幸若舞)は今でも有名ですね。

時の有力者からの庇護を受けて武家にも関わりが強かったと言われています。

さて、三勝が所属していた流派「笠屋」。

ここの演者は皆「勝」がつくのです。

そして、「三勝」の本名は「さん」。

そう。

「三勝」とは芸名なのでした。

なので、「笠屋三勝」は「今藤和歌美」みたいなもの。

本名は「美濃屋」の「さん」。

でも、三勝は「女芸人」とも「遊女」とも「芸者」ともその身を記され…

おそらく当時はそれぞれが「そのような役目」を担う部分もあったのでしょうか。

「三勝」と「さん」

「さん」という言葉は今、上演される浄瑠璃には出てこない…。

果たして共に死ねるほど愛しい半七からはどちらの名前で呼ばれていたのかな…なんてことを秋に夜長にふと思ふ。

時系列としてはこんな感じでした↓。

▲1695年(元禄八年)赤根屋半七と女舞 笠屋三勝が難波の千日寺の畑で心中。
(現在は三津寺にて菩提を弔われています。)

▲1756年 (宝暦六年)長唄『三勝道行』江戸中村座で初演(所作物)『三傘暁小袖(みつからかさあかつきこそで)』(上)「三勝半七浮名の雨」(中)「梅川忠兵衛浮名の雪」(下)「おはつ徳兵衛浮名の霜」

◎(上)『三勝半七浮名の雨』配役
かさや三勝(中村富十郎)
茜屋半七(山下又太郎)
長唄 (唄 ) 松島庄五郎 (三味線)杵屋作十郎 杵屋太十郎 (胡弓)杵屋源四郎

▲1773年(安永元年)『艶容女舞衣』初演


~長唄『三勝道行』はこんな感じ~

曲の出だしは「桜の花びらが道に舞い落ち、風でまたふわっと舞い上がる…」そんなイメージ。(と、教わりました。)

でも、それは決して華々しいものではなく、散りゆく命と重なって哀切の…。

と、いう感じの前弾きから…地駒(地唄用の駒)で奏でられる細棹三味線の切ない音色。


とぼとぼと死出の旅に出る半七と三勝の哀れさが表現されています。

派手な曲ではないので通向きかと思われますが、この『艶容女舞衣』を観た後に聴くのはまた格別な思いが生まれる一曲かもしれません。

(よし、実際に今月、観に行った後に聴いてみることにしよう。)

本当に滅多に演奏されない曲ですが、幸いにも演奏の機会を頂きました。また、気持ちを新たに取り組んでみたい一曲です。

以上、私感「三勝」でした。
(※もしも記載事項に間違いがあれば訂正致しますのでお知らせ下さい)

文献 『長唄名曲要説 補遺」浅川玉兎著

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